<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
いらっしゃいませ
◆拙ブログカテゴリー・ご案内
◎さくら書房…読書感想・書評です。ジャンル問わずなんでも読みます
・ブログ感想&レビュー…「ですます調」
・投稿書評…「だ、である調」
と、文体を変えています。日によってコロコロ変わるのはそのせいです
読みにくくてすみません…。

基本・ネタバレてますです。
◆オンライン書店bk1様より
鉄人癲イい燭世ました   
 ★5月10日 bk1投稿記録更新しました


presented by Youtube音楽PV

           

スポンサーサイト

[ - ]

一定期間更新がないため広告を表示しています

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 私もここで勉強させていただいています .               励みになります♪web拍手
2012.04.26 Thursday  | - | - | 

「中島千波 さくら図鑑」 中島千波

今週のbk1の書評ポータルで「なるほど!書評」に選んでいただいた「中島千波 さくら図鑑」の書評ですが、実は別バージョンがありました。
本日はbk1に投稿しなかった方の書評をUPいたします。

伝えたい事は同じですが、投稿作よりもう少し主観的(つぶやき風)に書いています。
この他もう1バージョン完成させてますのでこの1冊だけで3回清書?したというf(^^;)
出来不出来はともかく、完成までこぎつけたものを3つ書くのは相当珍しく&しんどかったです。それだけ迷ったってことなんですが…。

「絵画(感性)」について文を興すのは本当に大変だと実感させられます。
絵と文字、両方の情報がある「マンガ」の感想が一番まとめやすいです。次にたくさんの文字(情報量)がある「小説」、「絵」しかない画集の書評は情報が少ない分思考がいくらでも広げられるので、枷をはめるのが難しいのです。
って、書いてみて分かったのだった。

こんなことやってるから1月に1,2本しか仕上がらないんですね〜…。
「納得出来るまで書く」という目的は達しているから別にいいんだけども…。
 
     
                                 


今年も桜が咲き始めた。


桃が咲き始めてもテレビで大きく伝えたりしないし、椿が散ったって新聞には載らない。
桜だけが、その開花を追いかけてしまうほど日本人の心を騒がせる。
なぜ私たちは桜に心騒ぐのか。静かでいられないとわかっているのになぜ追いかけるのか。この画集を眺めていると、その答えが分かるような気がするのである。

本作は桜花図をライフワークとされている中島千波氏が全国を巡って描いた「銘桜」の画集である。「さくら図鑑」と題名にうたわれる通り、岐阜・京都・奈良・福島…と日本中の桜の銘木が実に50本以上、華麗な日本画となって収録されている。どの作品も完成図とスケッチ(下絵)を合わせて載せてくれているので、氏が樹をどのように写し、紙に映していったのかが手に取るように分かり、絵を観る人にも描く人にも興味深い内容になっている。

「日本画」だから掛け軸サイズ、と想像して本書を開くと裏切られる。幅3Mを軽く越す四曲屏風に堂々と描かれた桜花図の方が多いからだ。艶やかな色彩で再現されたたった一本の桜の圧巻なこと!大きめとはいえ、手に収まる画集でこの迫力。本物はさぞや…と思わせる。
同時に驚くのは「下絵」だ。プロなのだから当たり前なのだが、かなりの精度で描かれていて思わず「うまっ!」と声が出てしまう。が、仕上がった完成図に描かれた桜の花は、スタンプで押したかのように単純な、図案化された桜だ。この簡素で素朴な小さな一輪一輪を、本物の桜と同じように一本の木に降るように咲かせていくでのである。
完成図を見た後で知らされる事実と、その気の遠くなるような作業に思わず言葉をなくす。

数メートルにも及ぶ紙の上に数え切れないほど散らされて満開に咲き誇る一本の桜。それは圧倒されるほど力強い生命力を持ちながら、深い幽玄・静謐も伝えてくる。
激しさと静けさという矛盾とも思える感性を同時に表現できるのは、これが「日本画」だからだと思う。

本来「絵画(え)」とは描いてこそ生まれる存在だが、日本画の魅力とは「描かないこと」でもある様に感じる。描きこまれた画題(桜)と共に、描かれなかった白=余白に意味を見出す絵画とでも言えばいいのだろうか。
中島氏が描いた銘木は、すべてが風光明美な地にたっているわけではない。背景に民家が入ったり根元に柵や看板が立っていたりもする。
が、完成された桜花図には咲き誇る桜しか描かれない。
絵にする時に心の中で自然と取捨選択する、と氏は本作で書いている。心にかなうものを無意識に選び取っているようだと。つまり、姿を精巧に写し取りながら、描くのは心に写る桜なのである。
ここに在ってここに無い桜。氏はそんな桜を描き続けている。


余白に意味を持たせる日本画。日本画で桜を描き続ける氏。氏の桜に魅せられる日本人の私。

分かった気がする。
桜を前に心騒ぐのは、目にする桜と求める桜が違うからだ。
花開く桜を追いかけてしまうのは、心の桜と共に在る風景をもっと見たいからだ。
あの日の桜、あの場所の風、在って無いあの人…。



世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし。

きっと今日も、氏は桜を描いているだろう。




にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 私もここで勉強させていただいています .               励みになります♪web拍手
2010.04.02 Friday 15:37 | comments(2) | trackbacks(0) | 
 | 1 / 1 PAGES |